蚯蚓φ ★ 2018/09/15(土) 15:52:51.25




「植民地近代化論」は我が国だけでなく西欧列強の植民統治を受けて第二次大戦後に独立したアジアとアフリカの様々な国の人々にとって大きな怒りを起こす単語だ。

列強の植民統治で永遠に産業化されない状態に置かれた非西欧圏地域の産業化、近代化が始まったし、彼らの「進出」がなければ、これら地域は相変らず無知蒙昧な前近代社会に留まっただろうという植民地近代化論はとても傲慢で植民統治を美化する侵略者の論理だからだ。

しかし、この学説は民族主義が順次弱まっている状況でますます力を増している。各種記録とデータ、特に統計で武装した植民地近代化論はこれ以上言及さえできない「妄言」でない正式学説と認められている。

西欧圏では帝国主義植民地政策が本国に特に経済的役に立たなかったし、植民主義が初めて始まった16世紀の大航海時代の時さえ大西洋を間に置いたアメリカとヨーロッパ、アフリカ間の三角貿易より地中海と北海内でヨーロッパ国家どうし行った海上貿易がより大きな富を持ってきたと主張している。

さらに植民統治時期のほとんどすべての物的土台が6.25戦争(朝鮮戦争)で消え、根拠一つさえない日本まで日帝強制占領期間の朝鮮植民地に作った道路と鉄道、工場が韓国近代化の土台になったという「恩恵授与論」という主張を日常的に行っている。

国内でも既存の「収奪論」から脱して植民地時代に統計上高度経済成長が起きてこれが解放後の韓国産業化に相当な影響を及ぼしたという植民地近代化論が出現することになった。

これらの主張の主要根拠は「統計」だ。

日帝強制占領期間以後、年平均経済成長率は4パーセント台、1人当りの消費増加率は3パーセント台後半を記録し、産業構造も農業比重が1910年代の85パーセントから1940年代50パーセント台に減り、工場も40カ所余りから4000カ所程度に増えたことが植民地近代化論の主要論拠だ。

日本の植民地化と収奪以前から旧韓末の社会的危機が重なって前近代的な生産様式は限界に達していたし、日帝強制占領期間の滞貨した資本主義的社会構造が1960年代以後、産業化の基礎になったというのが主要論旨だ。

ちょっと聞けばかなり論理的な数値だが、問題は1910年代から1940年代まで日帝強制占領期間には正しい統計資料が一つもなかったということにある。統計学という学問が登場してからいくばくもなかったし、今と同じ統計方式や技術的な発展も不備だったため、当時の統計はとうてい信られないものだらけだ。

しかも第二次世界大戦以前までメディアは徹底的に当局の検閲と統制を受けた。旧韓末朝鮮朝廷が作った経済統計でも、日帝強制占領期間、朝鮮総督府が作った経済統計でも信じられる数値と見るには限界がある。その上、1938年、日帝が国家総動員令を下して戦時経済に突入して以降は日本国内に残っている統計資料もきわめて珍しい。

また、解放直後、工業地域が殆どなかった韓国地域は日帝が残した物的土台も殆どなかったうえ、これさえも6.25戦争でほとんどみな破壊された。1960年代以後、韓国の近代化と日帝強制占領期間の連結の輪は探してみようとしても探せない状況だ。

植民地近代化論者などの主張のように、日帝が朝鮮に資本主義方式を移植し、これが韓国近代化と連結したとすれば朝鮮人の相当数が日帝によって教育を受けなければならないが、日帝末期まで専門学校を出た朝鮮人の数字は全体の0.1パーセントレベルに過ぎない。

イ・ヒョヌ記者

ソース:アジア経済(韓国語) [統計で読む歴史]日帝の植民統治のおかげで近代化?...収奪の名分与えた「統計」
http://www.asiae.co.kr/news/view.htm?idxno=2018091414384026455


19  2018/09/15(土) 16:00:05.26

>>収奪の名分与えた

朝鮮に収奪するものなんてあったの?


92   2018/09/15(土) 16:17:44.91

>>19

むしろ日本の富を収奪されてたよな
あの時代世界一幸福な併合だわ


引用元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1536994371/